【いくつ分かる?】大阪メトロの終着駅だった期間が長い駅BEST5

大阪メトロ

大阪メトロの終着駅だった期間が長い駅BEST5

第5位 動物園前駅(堺筋線)8489日

  • 1958(S33)年
    3月28日
    天神橋筋六丁目~天満間、天満駅~【堺筋】~動物園前間、慎重な考慮を加える必要がある路線に指定される(建設主体:阪急電鉄)

    都市交通審議会答申第3号にて、天神橋筋六丁目~天満(建設主体:阪急電鉄)と、天満駅~【堺筋】~動物園前(建設主体不詳)が慎重な考慮を加える必要がある路線に指定される。

  • 1962(S37)年
    12月03日
    天神橋筋六丁目~天下茶屋間、最も緊急に整備すべき路線に指定される

    都市交通審議会答申第7号にて、天六~扇町~【堀川経由】~北浜~天下茶屋の区間が、1968年度(昭和43年)までの完成を目指して、最も緊急に整備すべき路線に指定される。


  • 1966(S41)年
    4月1日
    堺筋線 建設工事に着手

    正確には南森町~恵美須町間の工事に着手。天神橋筋六丁目~南森町間・恵美須町~動物園前間の工事は5月10日に着手。

  • 1969(S44)年
    12月6日
    天神橋筋六丁目~動物園前間、開通
    動物園前駅が終着駅として開業
    阪急京都線・千里線と相互直通運転開始

    堺筋線で最初に開業した区間です。

  • 1971(S46)年
    12月8日
    動物園前~天下茶屋間、緊急に実施すべき区間として指定

    都市交通審議会答申第13号にて、「堺筋線延伸(動物園前~天下茶屋~杉本町~中百舌鳥)」が1985(S60)年までに新設すべき路線とされる。

    このうち動物園前~天下茶屋間は新設すべき区間のうち緊急に実施すべき区間とされる。

  • 1982(S57)年
    11月18日
    動物園前~天下茶屋間、建設工事に着手
  • 1993(H05)年
    3月4日
    動物園前~天下茶屋間、開業
    動物園前駅は途中駅となる

動物園前駅は開業から約23年後に途中駅となりました。

都市交通審議会答申第7号では天神橋筋六丁目~動物園前間だけが計画(しかも一部の事業主体は阪急を想定)されましたが、都市交通審議会答申第7号では天下茶屋間で含めた路線が整備すべき路線に指定されました。

しかしその後、建設されたのは動物園前駅まで。天下茶屋まであと1駅ですがその区間は後回しになりました。

後回しになった理由は、動物園前~天下茶屋間は南海天王寺支線と区間が重なっていて、南海線の廃止について地元住民との協議が重ねられていたからです。

堺筋線を延伸するために南海天王寺支線を廃止するという前提があった(建設用地確保のため?)ようで、協議が続く間は工事施行の認可申請を見合わせざるを得ませんでした。

その後、堺筋線の延伸と南海線の廃線を切り離して考える、とのことでやっと堺筋線の延伸工事が始められました。

第4位 大国町駅(四つ橋線)8545日

  • 1925(T14)年
    10月20日
    大国町~大浜間(四つ橋線)、計画される

    大阪市高速度交通機関協議会にて、高速鉄道計画路線策定。3号線(現 四つ橋線)は、大国町~大浜間が含まれている。

  • 1942(S17)年
    5月10日
    大国町~花園町間、開業
    大国町駅が終着駅として開業

    四つ橋線で最初に開業した区間です。

  • 1962(S37)年
    12月3日
    大国町~梅田付近、早急な整備が求められる

    都市交通審議会大阪部会答申第13号「大阪市高速鉄道第1号線の輸送限界に対処する方策に関する中間決定について」にて、
    大国町~梅田付近に至る路線が早急に建設することが適当とされる

  • 1963(S38)年
    5月12日
    西梅田~信濃橋(現 本町)間、建設工事に着手

    続いて同年8月1日に、信濃橋~大国町間の建設工事に着手。

  • 1965(S40)年
    10月1日
    西梅田~大国町間、開業
    大国町駅は途中駅となる

大国町駅は開業から23年後に途中駅となりました。

四つ橋線は計画当初、御堂筋線の支線として、大国町から南下する路線という立ち位置でした。逆に言うと、大国町から北への移動は御堂筋線で十分だ(梅田~天王寺間は谷町線も計画されている)と捉えられていたわけです。

しかし、御堂筋線の乗客増加は留まることを知らず、御堂筋線だけでは賄いきれないようになります。さらに追い打ちをかけるように自動車の普及も急速に進み、地上の道路状況も悪化の一途を辿ります。

そのような背景があり御堂筋線の混雑緩和が急務とされ、そこで白羽の矢が立ったのが四つ橋線の梅田延伸でした。

四つ橋線の延伸は異例の早さで特許を得て、開業が急がれました。

ちなみに御堂筋線と四つ橋線の分岐点だった大国町駅は、四つ橋線が北上できる構造ではなかったので大改造工事が行われました。この辺りは今後記事を書くつもりでいます!

第3位 あびこ駅(御堂筋線)9787日

  • 1925(T14)年
    10月20日
    垂水~我孫子間(御堂筋線)、計画される

    大阪市高速度交通機関協議会にて、高速鉄道計画路線策定。1号線(現 御堂筋線)は、垂水~我孫子間が含まれている。

  • 1959(S34)年
    10月1日
    西田辺(長居検車場分岐部)~我孫子間、建設工事に着手
  • 1960(S35)年
    7月1日
    西田辺~あびこ間、開業
    あびこ駅が終着駅として開業
  • 1975(S50)年
    1月
    あびこ~なかもず間、整備決定

    大阪圏高速鉄道網整備推進会議にて確定。元々は御堂筋線の延長として整備予定でしたが、1971(S46)年 都市交通審議会第13号答申にて堺筋線の延長として設定されました。これらの計画を検討した結果、御堂筋線の延長で決定しました。

  • 1980(S55)年
    6月11日
    あびこ~なかもず間、建設工事に着手

  • 1987(S62)年
    4月18日
    あびこ~なかもず間、開業
    あびこ駅は途中駅となる

あびこ駅は開業から27年後に延伸です。この1番の理由は、車庫用地の確保のためと言われています。

大正14年に最初に計画された御堂筋線は、南端があびこ駅で、その計画が変わることは長年ありませんでした。

というのも、あびこは大阪市の南端の地域で、これ以上南へ進むと堺市に入ってしまうからです。あくまでも大阪市の公営交通なので堺市にまで鉄道を敷くことにメリットはありません。

しかし、今回もまた御堂筋線の混雑問題がこの状況を変えてしまいます。

輸送力増強のため、8両編成から10両編成に変えることを強いられていましたが、当時の車庫(我孫子検車場)にはその余裕はありませんでした。

新しい車庫用地を検討するにも、御堂筋線の沿線は既に開発が進んでおり、その余地はありません。堺市はそれに目をつけ、御堂筋線の車庫用地提供と引き替えに御堂筋線の堺市内への延伸を要求します。

当時、鉄道開発を決める都市交通審議会では「堺筋線の中百舌鳥延伸」を表明していましたが、それを跳ね除けての決定になりました。それだけ御堂筋線の輸送力増強は急務だったのでしょうね。

第2位 梅田駅(御堂筋線)11450日

  • 1925(T14)年
    10月20日
    垂水~我孫子間(御堂筋線)、計画される

    大阪市高速度交通機関協議会にて、高速鉄道計画路線策定。1号線(現 御堂筋線)は、梅田も含まれている。

  • 1930(S05)年
    11月16日
    梅田~心斎橋間、建設工事に着手

    正確には「梅田(北半分)と、梅田(仮駅)~心斎橋(北半分)間」の着手。

  • 1933(S08)年
    5月20日
    梅田(仮駅)~心斎橋間、開業
    梅田駅が終着駅として開業
  • 1958(S33)年
    12月19日
    東海道新幹線建設計画が閣議決定

    これに伴い、1959(S34)年02月に垂水~西中島南方間の建設特許を取得。(もともと似た区間の特許は持っていたが、区間変更。新幹線の影響があると思われる。)

  • 1962(S37)年
    10月5日
    新大阪~梅田間、建設工事に着手

    正確には「新大阪(南半分)~梅田(北線路部)間」の着手。

    実際は1959(S34)年08月に梅田北線路部の建設に着手しているが割愛。

  • 1964(S39)年
    9月24日
    新大阪~梅田間、開業
    梅田駅は途中駅となる

ついに30年を越えてしましました。梅田駅は開業から31年もの間、終着駅だったのです。

御堂筋線は最初期の計画時点(大正14年)で北端が吹田市付近で設定されていましたので、そもそも梅田は暫定的な終着駅だったわけです。と言っても梅田以北の延伸は長年後回しになっていました。

そこに延伸の決定打を打ったのが東海道新幹線!大阪唯一の駅である新大阪駅が、御堂筋線の計画ルート上に設置されることになったのです。

新大阪駅設置のため特許を再取得し、新幹線開業に合わせて延伸工事が開始。新幹線開業1週間前の1964年9月24日に梅田〜新大阪間が延伸開業しました。

もし新幹線開業がなかったら、延伸はさらに先延ばしになっていたかも…?(その後大阪万博が開催されるのでアクセス路線として延伸自体はしていたと思います)

第1位 大阪港駅(中央線)13146日

  • 1925(T14)年
    10月20日
    大阪港~放出間(中央線)、計画される

    大阪市高速度交通機関協議会にて、高速鉄道計画路線策定。4号線(現 中央線)は、大阪港~放出間が含まれている。

  • 1959(S34)年
    11月20日
    大阪港~朝潮橋間、建設工事に着手
  • 1961(S36)年
    12月11日
    大阪港~弁天町間、開業
    大阪港駅が終着駅として開業
  • 1989(H01)年
    5月31日
    中ふ頭~大阪港間、2005(H17)年までに整備されることが適当である区間に指定

    運輸政策審議会答申第10号「大阪圏における地下鉄を中心とする交通網に関する基本計画について」にて、中ふ頭~大阪港間が2005(H17)年までに整備されることが適当である区間に指定される。

    当初はニュートラムの延伸で予定されていたが、後にコスモスクエア~大阪港間は中央線の延伸で決定。

  • 1989(H01)年
    3月
    コスモスクエア~大阪港間、建設工事に着手
  • 1997(H09)年
    12月18日
    コスモスクエア~大阪港間、開業
    大阪港駅は途中駅となる

終着駅だった期間はなんと36年!!

大阪港駅が途中駅になるなんて思っていた人は、開業当初にはいなかったでしょう。

というのも、大阪港駅は名前の通り港に面した駅。これ以上延伸しても大阪港駅の先は海です。

そんな海の先へ駅を作ることになったきっかけは、大阪市が打ち出した「テクノポート大阪計画」です。

湾岸の埋立地に、国際情報都市として大阪の新たな都市核を形成するべく計画されたのがテクノポート大阪です。そのうち咲洲コスモスクエア地区に建設されるインテックス大阪、WTC、ATCのアクセス路線が計画されました。

また当地区へのアクセスには当時ニュートラムしかなく、その不便さを解消するためにもニュートラム中ふ頭駅と中央線大阪港駅を接続させたようです。

大阪港駅の向こうは海。海をくぐってその先へ向かいます。

ちなみに当初の計画ではニュートラムを大阪港駅まで延伸して、大阪港駅でニュートラムと中央線の2路線を接続させることになっていました。

しかしコスモスクエア周辺への輸送需要を考慮して、中央線・ニュートラムともにコスモスクエア駅まで延伸して、コスモスクエア駅で2路線を接続させることになりました。

夢洲駅は…

大阪メトロで唯一延伸が決定しており工事が進んでいる夢洲駅が開業すると、コスモスクエア駅は終着駅ではなくなります

コスモスクエア駅の開業は1997年。そして夢洲駅の開業予定は2024年度。つまりコスモスクエア駅は26年ほど終着駅になるわけです。

ということは夢洲駅開業後は、おそらく4位にコスモスクエア駅がランクインすると思います。その時までこのサイトが残っていれば、この記事も更新しますね…笑

参考文献

大阪市交通局「大阪市地下鉄建設五十年史」
電気車研究会「京阪神都市鉄道プロジェクト 鉄道ピクトリアル2015年4月号別冊」

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